富岡製糸場と純国産シルク

富岡製糸工場と養蚕

日本の繭生産量は、今から約80年前、1930年(昭和5年)の40万トンをピークに 減少し、平成25年には168トンまで落ち込んでしまいました。
群馬県においても昭和43年は27,440トンあった繭生産量は、平成25年には57.5トンと激変しております。

また、繭生産量に伴う製糸業の衰退も著しく、数多く操業していた国内の製糸業は、平成20年にはわずか4工場を残すのみとなってしまいました。(そのうちのひとつが富岡市の隣、安中市にある碓氷製糸農業協同組合です。)

これらの衰退の原因は、安い労働力に支えられた海外からの低価格生糸や絹製品の流入、 社会構造の変化に伴う後継者不足、日本人の服装が和装から洋装へと変化したことによる絹需要の低下などが挙げられます。

平成26年6月、『富岡製糸場と絹産業遺産群』が世界文化遺産に登録され、シルクに対する関心が高まる中、富岡市の養蚕農家は現在12戸と激減しており、このままでは全戸廃業の危険性さえあります。世界文化遺産に登録された今こそ、この富岡の地から生産される繭がなくなってしまったら、本当の意味での世界遺産ではないと考えています。
富岡製糸場の産業遺産としての価値は、蚕糸業のシステムが生き続けていることが必要不可欠だからです。養蚕農家が誇りと技術をもって蚕の生育に励み、そのための桑園が広がっていることが、生き続けている証となるのです。この景観まで含めた一体のシステムを継続させることが、私たちに課せられた責務だと考えています。そのシステムを持続可能なものとするため、富岡シルクブランド協議会を設立しました。

TOMIOKA SILK COUNCIL